先日登彌神社に行った時、真実の剣を見せられたものの、いったいどのような事が起きるのか分からなかった。
が、ここのところ分かってきた事が少しある。
その人の前に真実の剣が置かれると、というか浮かび上がる感じなのだけれど、その人の言葉の奥の本音が伝わってくる。
この感覚、子供の頃あったのを思い出した。
なんで大人は、ほんとのこと言わずに心と違うことを言ってるのだろう。
そんな風に感じていた子供だった。
きっと子供らしくなくて、扱いにくい子供だったに違いない。
そのうち、本音と建前の違いを知る事が苦しくなってきて、封印していたのだった。
今、その感覚が戻ってきた、来てしまった、
という方が正直なところかもしれない。
その人が心の中の声を無視して、違うことを話す時の違和感がどんと伝わってくる。
そして、そのことは仕方のない事、
平和に生きてゆく上でみんなが身につけてきた事、
そう、まさに自分もそうだったから、
そんな風に自分をおさめる。
何がほんとうか、
自分でもわからなくなっている人が多い世の中。
思考こそが自分、社会の風潮に合わせられる人が良い人、それが当たり前な世の中。
先日、甥が
僕は予防接種を受けたくないのだけれど、
それが反社会的だと言われるので有れば、受けるしかない。
そんな風につぶやいていたのを聞いて、少し寂しくなった。
愛以外は、全て幻想なのだから
どんな思考も幻想に過ぎない。
それがわかったから、戻ってきた感覚だったのか。
そんな事を思う朝でした。
今日は鞍馬山〜。