先日ゆりさんの執着からの解放のシッデイを受けた時、最初は頭の中がほわ〜んとしてて、
そのうち、目に映る全ての人物が、ただ愛おしくて、愛おしくて、、、
そんな日が何日も続き、そしてそれが静かになって行くと、今度は怒りが出てきました。
ぷんぷん怒りが湧いてくることって中々ないことなんだけれど、今回はいとも簡単にぷんぷん怒りが湧いてくる、そしてやさぐれる私(笑)
変な話し、目の前に石ころがあってつまづいただけで、めちゃ石に腹が立つ。という具合で、
あれ?
どうした私????
あの愛いっぱいから、怒りいっぱいへの移行があった、、と、気付くとすぐに
次なる境地は、平安でした。
感情が波立たない、何があろうとも。
静かな心。
今回面白かったのは、大笑いする感覚と怒るという感覚が同じエネルギーの延長線上にあるということでした。
私は今まで悲しいという感情は、止めることなく感じていた気がします。ですが、その辺に転がってる石ころまで愛おしいという感情や、個人的な怒りは押さえがちでした。だから今回解放で吹き出してきていたのだと思います。
そして、それらが全て執着であるとしたら、何への執着か。。。
つまり、自分、私、という存在を強く感じるための感情なのだと思いました。
私は愛おしいものが外にある。
私は〇〇に怒っている。
私は、私は、etc..
私達は、大いなるものと一つで違いなどなく、私という感覚が芽生えたことから分離が生じたとすれば、これらの感情への執着は、私という感覚を強く確固にして分離させていたのです。
私達は何かを掴むから、掴んだものと掴まないものとの間に分離が起きます。
何もつかまない、そうすればただすぎて行くことを思い出していました。
今回の執着からの解放は私にとって想像以上大きく、身体全体でそれが起きました。